前回ウメハラ講演録⑤からの続きです。
ウメハラの告白
で、いよいよ今日話をしたかったことです。
もしかすると一番興味のない話かもしれないなとも思うんです。
これを人の前で話すのは初めてですから。どんな反応があるかわからない。
普段インタビュアーの前で話すことは反応があるかもしれないじゃないですか。
はーなるほど、とか、へえーすごいですね!とか。
まぁお世辞かもしれないけど、それで安心して人前で話せる。
ですが…
今日話すことってのは、自分の中で思ってることだし、共感を得られるか全然自信ないんですよね。
でも…その時感じてることを話すべきだろうなって。
自分の中でまず間違いないと思ってることだけ話すってのは性格に合わないですから。
なので今、感じていることを話しますと…
んー、突然なんですけどね、こんなことを聞くのも失礼なんですけど…
皆さんって、「充実」ってしてます?
まぁ、何言ってるのかなぁって思うかもしれないけど、
楽しんでるのかなぁって。
いや、これはあの、「楽しんでないでしょ!」とかそういうことじゃないですよ。
僕は自分のことしかわからないから他人が楽しく生きてるのか充実してるのかわかんない。
なぜそんなことを言うのかって言うと、僕はこんな風に本も三冊ぐらい出して、
その中で言ってるんですよ偉そうに。
「成長できればいい」「変化があればいい」「成長が僕の生きがいだ」って。
確かにそう思ってましたし、今でもそうなんですけど。
…。
これ、結構重要な問題なんですが、「なんのために成長するのか」ってことが自分の中でわからなくなると、幸せじゃないんだな、ということに、最近気づきまして。
だから、正直言っちゃうと。ここ2年ぐらい。2015年の途中ぐらいから。
あんまり楽しくないんですよね。正直。
こいつ何言ってんだ、と思うかもしれないけど、あんまり人生楽しいと思ってない。
あれ、何だろうこれは。
ストレスかな?
でも、大会続きの時とかだったらわかるんだけど、大会がない時でも、この状態が変わる様子はない。
…トシかな?
でも同じ年齢で生き生きしてるやつもいるしな。
しかし若い時にこんな感覚絶対なかったな?
なんかつまんないな。人生ってこんな風に終わっちゃうのかな。
そんな気持ちになることが、なんか多いんですよ。
それで、深刻に落ち込むかって言うとそうでもなくて、
別に楽しい場に行けば楽しくできるし、ゲームも真剣にやれるんだけど、
ふとした時に「なんかつまんないな」って気持ちになる。
それが実を言うとこの2年ぐらい続いてて…。
…で、あんまり不安にさせてもアレなんで、言いますと
最近それが解消されたんですね。ありがたいことに。
解消されて思ったのは、自分では満足してたつもりでしたけど、
「そっか、俺つまんなかったんだな」
って、気付いたんですよ。
いや、つまんないことはわかってたんだけど、
何が原因でつまんなかったかに気づくことが出来たんです。
…これはちょっとゲームの話になるんですけど、
格闘ゲームに限らず、色んなゲームで今は「バージョンアップ」ってのが行われるんですね。
バージョンアップって何かっていうと、まぁー現実世界で言うと法律が変わるようなもんです。
大儲けできた商売が全然儲からなくなる、なんてのを想像してもらうとわかりやすい。
そんなことが頻繁に起きる。1年に1回とか半年に1回、起きる。
だから、有効だと思ってた戦法が弱くなったり、強いと思ってたキャラクターが弱くなったりするんです。
で、早い話、前使ってたキャラが弱くなったんですね。バージョンアップで。
去年使ってたキャラが今年弱くなったんです。
そこでサブキャラ、まぁ本業に対する副業みたいなものですね。
本業じゃないけどちょっと使ってた、みたいなキャラがめちゃめちゃ強くなっちゃった。
その場合、普通はどうするかって言うと、ほぼ100%の人が強くなった方のキャラを使うんですよ。
プロゲーマーってことになったら、なおさらそうでしょうね。
賞金も今じゃ、去年の1番大きな大会で2000万円を超えますからね。
それを獲るために1%でも勝率が上がるキャラを使うべきだと思うし、何より勝つことを前提に
スポンサーもついてると。
周囲の期待もあるし。
で、実際その強くなったキャラ使ってました。使ってたんですが、
また「あの」病気が始まって。おい、なんかつまんないぞ。
病気が始まった。
原因はわからないまま、弱くなってしまった方のキャラ、前のパートナーみたいなもんですね。
使ってみたら、弱い。間違いなく弱いんだけど、
子供のころに感じてた充実感みたいなものが帰ってきたんですよね。
あれ、この感覚久しぶりだな。理由はわからないし理屈にも合ってないし、使うべきじゃないんだけど、
なんかこっちの方使っちゃう。
なんだろう。これなんなんだろう。
って思ったら。
…結局、自分で決めてなかったんですよね。
ここ2年くらい、自分で決めてなかった。
周りから見たら「あいつは自分で決めてる」って見えるはずです。
実際、立場を考えると相当自由にやってる方だと思います。
でも。自分の中でやっぱり少しずつ少しずつ
「スポンサーもついたし」
「ギネスも受賞したし」
「テレビにも出たし」
「雑誌にも載ったし」
ってことがちょっとずつちょっとずつ、自分を変えていってるんですよね。
だから、本当に自分が好きなこと、自分がやりたいことってのがわかんなくなってきてる、
周りの価値観に合わせ始めてたんですよね。
プロだし。e-sports、ゲーム業界盛り上がってきたし。勝つべきでしょ。
これ〇〇すべきでしょって。
この〇〇すべきでしょって理屈から言えば、今のこの弱いキャラを選ぶって、とんでもない行為なんですよね。
皆さんからすると、何で勝ちづらい方を選ぶの。なんで勝てる方でやんないの?って思うでしょうね。
まぁもちろんまたルールが変わった時に、あんだけ弱くなってるんだからもう少しまともになるだろうという計算も、あるにはあるんですが。
仮にそうならなかったとしても、弱い方のキャラを使っちゃう。
彼氏、付き合ってる人がいますよね、そんな人がいる時でも、
「もっといい人を探しつつ付き合いなさい」って常に親から言われるらしいんですよ。
すごいですよね。彼氏がいるのに、出会いの場には必ず行けって、そう親が言うらしいんです。
お前にとって最高の条件の男と付き合え、そして結婚しろって、そう言うらしいんですね。
すごいな、そういう教育?いや、これ教育じゃないですよね。
すごいなって。で、それどう思うの、って聞いたら
いや、でもそれが自分にとってもいい気がするし、親をがっかりさせたくないから
言うこと聞いてる、って言うんです。
で、その子の前に遂に完璧な男が表れたんですよ。
東大卒で、顔もいいし背も高いし、いい会社入ってて、家柄よくて、話が面白くて食事の趣味もあう。
おお、遂に出会ったね、良かったね我慢してて。
それだけの男、もうなかなか出てこねえぞって。
こう言ったら「うーん、そうだよね。そうだけど…」
で、向こうもどうやら、こっちのことを好きなようだと。
完璧じゃん、お前すげーラッキーじゃん。そう言うんだけど
「なんか違う。なんか違うんだよ」ってそう返すんですよね。
でもなんか違うったってお前の行動哲学から言うと、それは付き合うべきだろって思ってたら
しばらくして「彼氏ができた」と報告してきた。
おお遂にあのエリートと付き合うことになったのか、って思ったら
全然違うのと付き合ってるんですよ
なに、あの男より条件のいいのが現れたの?って聞いたら
「いや全然そんなことないよ」
聞いてみたら確かに、あのエリートに比べたら顔も普通だし
そんなに金持ってるわけでも家柄がいいわけでもない
彼女の母親が言うところの物差しで測ったら、全部があの好意を
寄せてくれてたエリートより条件が悪かったらしいんですよ。
え、お前どうしちゃったの?って聞いたら
「んー、でも今の彼氏の方が話面白いんだよね」って。
こう言うわけですよ。
え?そんだけ?思わず言っちゃいました。だってその子の母親のことを考えると
ちょっと納得しないんじゃないの?親は。
「でも…なるようになるでしょ」
こういう風に言われて。
当時はこの件、そこまで深くは考えなかったんですけど。
うーん。
そりゃあ…親の人生じゃないですからねえ。
今の僕にとって、この弱い方のキャラを使うってのは、その女の子と同じ選択なんですよ。
強くなった方ってのは、全部持ってる。
ただ、その「全部持ってる」ってのは「人が決めた」ものですよ。
学歴が高い方がいい、なんてのは誰かが言い出したことだし、
顔だって、時代が変わりゃあよくわかんねえし、身長だってそうだし
家柄って、そもそもなんだよ。
ぜーんぶ時代が変わりゃあわかんねえし、人が決めたことだし。
そんな不確かなもので、自分の感情を押し殺すなんて、そんな馬鹿なことはないなって。
だからその女の子は賢いなって思いましたね、
親が無茶苦茶な割には賢く生きてるなって。
「なんで強い方選ばないんだ。なんでそんな弱いキャラ選ぶんだ?」そう聞かれても
僕からすれば、
「いや、なんかこっちの方が面白いんだよね」って。それぐらいの理由です。
でも、たったこれだけのことなんだけど、この2年くらい、ずーっと退屈だった気持ちが晴れて
毎日楽しくてしょうがないんですよ。
うわー、人生ってこんな面白かったんだな、楽しかったんだなって。
それまで、人の価値観に流されないで生きてきたつもりだったけど、なんか色々うまく行って
周りからおだてられて持ち上げられて。
なんか知らず知らずのうちに、周りに合わせて。
おお、人生本当につまんなくなることだったな、危なかったなって、ほんの最近気付いて。
でもプロになった時に、ある思いってのが浮かんでて。
最初は、感謝、だったんですよ。
ああ、ありがてえな。おれみたいに好き勝手生きてきた無責任なゲームオタクみたいな男に、
好きなことやらせて生かしてもらって、なんてありがたいんだろうって思ってました。
で、もの珍しいからメディアも注目するし、ギネスブックに認定されたりとかって。
大人が喜びそうなものがついてって。
そん時にちょっと悪い考えが浮かんだんですね。
悪い考えって何かって言うと…
「おいおい、これ復讐のチャンスじゃね?」って思ったんですよ。(つづく)